I want to meet again.






  I want  to meet again







1. Work



大学4年の就職活動をする時期は、同級生のほとんどが内定をもらい楽しんでいる時期だった。

ところが自分には何ができるのか、何がやりたいのかを悩んでいました。



私の名前は取手 晴、はれと書いて“ハル”と読む。



時代はバブルと言われ、お金持ちが投機目的で株や土地を買い、お金が湯水のように飛びかっていました。

終いには、山手線の内側だけでアメリカ全土が買えるぐらい土地の値段がはね上がり、経済が潤っているように見えている時だったのです。

そのために仕事が増え、人が足らなくなり、どの企業も人材確保のために超売り手市場の中に居たのでした。



そんな浮き足だった時にもかかわらず、私は、興味のない仕事を上司の言われるがままに働くのが嫌で、なかなか会社を決める事が出来ずにいました。

どうせなら自分で起業するとか、あても無く自分探しの旅に出てしまう、なんて考える事もできたのでしょうが、そんな事をする勇気も無く、自分の父親のように一生懸命会社に尽くすのは嫌で、自分の考えをまとめられずにいました。



でも時間がかかっているだけで、先に進む事も出来なかった私は、色々考えた末、急成長している業界の中で、まだ新しい会社ならば、人材が少ないために、自分のやりたい仕事を選べるのではないかと都合のいい考えが思いついたのでした。



そして業種としては新しい、コンピュータ関係に決め、出来て間も無い会社探すと、簡単に独立系のソフトウェアハウスに就職する事ができたのでした。



ただ、友人たちはある程度、名の通った会社を決めている中で、自分が決めた会社は設立1年の会社でした。

その時パソコンの普及率はまだまだで、大きな会社でも一つの課に1台程度、メーカー直系のソフトハウス以外は名の知られた会社は無く、私が決めた会社はその中でも小さな会社でした。

ただそれでも、親は安心してくれました。





私が入った会社は、ソフトウェアを開発・保守する会社で、社員の全員が派遣と言う形で他の企業に行っていたために、事務所には8個のスチール机が4つずつの2列に並べられ、社員が自分の会社に戻って来るのは、多い人で週に1回、少ない人では2ヶ月に1回程度でした。



そして、そこでの私の仕事は、1冊のマニアル本を読む事と、朝9:00から夕方5:30まで電話の前に座り続けて、かかって来た内容を伝えるために担当者にポケベルを鳴らし社員から電話を待って要件を伝えることでした。



その仕事を半年続け、読んでいたマニアルはボロボロなり、先輩の声を聞き分ける事ができるようになっていました。



この半年間の修行のような仕事を終えて、次は3歳上の先輩とメーカー、銀行、新聞社と長くて1年、短いと3ヶ月と言う単位でプログラマーを2年やり、なんとか客が要求するプログラムが作れるようになったところで、今度は先輩がやっていた要件や仕様を纏めてプログラマーに指示を出すシステムエンジニアと言う仕事を任されたのです。



そして入社して7回目の桜が咲くころには、適当に決めた会社だったにもかかわらず、回りにうまく乗せられてかプロジェクトマネージャーと言う1つのプロジェクトを全て任せられる仕事をやり、様々な難関を乗り越えて約3年をかけてやり終えた時には、サラリーマンとして達成感も充実感もある生活を送る事ができるようになっていたのでした。



会社も私の入社当時は、10名ほどだった社員がみな客先で仕事をする形態をとっていましたが、10年で50名ほどの会社になり、自社でパッケージの開発も行え、業界では傾いたシステムを立て直すSE軍団として、少し名が通るようになっていました。



私の会社も10年の節目で記念祝賀会が行われることになったのですが、古くから居る社員を対象にゴルフクラブセットの購入券か、それ相当の報奨金がもらえる事となり、社長からゴルフは客先でのコミュニケーションツールだからとゴルフをやることを薦められたのでしたが、私はその時、時間を惜しんで打ち込んでいたことがあったため、丁重に断りお金にしてもらったのでした。



以前、出向先のお客さんに誘われて、お付き合いのつもりで見に行った車のレースでしたが、誘ってくれたお客さんよりも、私がはまってしまい、すぐにクラブを探し出してレースを楽しむようになって、週末だけでは無く仕事と寝る時以外は、ほとんどレースの事を考えていました。



そんな仕事と車と大好きなビールに明け暮れて、ある意味充実した生活を送っていたのでしたが、私もいつの間にか30歳になっていました。



近頃は親と顔を合わすたびに『嫁になるような人を連れて来い』やら、『お見合いをしろ』だのと言われるようになり、少し考えた方がいいのかとも思ったのでしたが、仕事をしている時以外は男達だけで楽しく過ごしていたので、結婚なんて想像も出来ませんでした。



ただ、30過ぎて女っけが無いのも問題で、私が女性に対して奥手なのは、人に心配されるほどでした。



2. 夢と現実



その日もいつもと変わらず、昼食を買いにいつもの弁当屋へ、ローテーション的に今日はチキンフライ弁当と決めて列に並んでいました。

ふと反対車線の歩道に目を向けると、どこかで見たことのある姿、あの長い髪、私の視線が釘付になりました。そう、大学時代に憧れ続けていた一つ上の先輩でした。

先輩の身なりは、タイトなスカートに上着は手に持ちビッシっと決まっていました。そして長くしなやかな髪を揺らして歩く姿は以前と変わっていませんでした。すぐにでも声をかけたかったのですが、私には声をかける勇気などあるわけが無く、ボーっと見ているだけでした。



その日は、家に帰ってすぐ大学時代の写真を出して憧れだった先輩が、今も変わらずに綺麗だった事を思い出していたのでした。

ただその後、先輩を見かけることは無く、そんな事があったことすら、いつの間にか忘れていました。



時は経ち、めずらしく金曜日に10時頃には自宅に居ました。久しぶりにお気に入りの古いレースのDVDをゆっくり見ようと決めて準備をし、後はDVD鑑賞のお供のビールを取りに冷蔵庫を開けたのでした。ところが私とした事が、冷蔵庫にはビールはもとよりアルコール類が全くありませんでした、意気消沈し今日のDVD鑑賞はやめようとお茶を手に取ったのですが、やはりどうしてもビールを飲みながらDVDが見たくて、お茶を元の場所に戻すと財布だけ持ってサンダル履きで外に出たのでした。



外はもうTシャツにスウェットで十分気持ちのいい季節になっていて、近くの販売機までは、夏を感じる少し湿った風が吹いていました。



私は、いつもの販売機の前で、今日のお気に入りのDVD鑑賞には、どの銘柄合うのかな?と、独り言をつぶやきながら迷っていました。



すると、あまりにも不意に一瞬何をされたのか分からないほどだったのですが、誰かに後ろから突き飛ばされて、販売機に顔をぶつけていました。



すぐに振り向くとクスクス笑いながら立っている人がいて、『いつまで悩んでいるのよっ』と言われて、後ろで待っている人が居たのかと思ったのですが、それにしても突き飛ばすのはひどく無いか?と一言文句を言ってやろうと立ち上がったのでしたが、実際は小さな声で『すいません』と言っていました。



ただ、すぐに影で女性だとは分かったのでしたが、今度は頭を小突かれて『昔と変わらないな・・・決めるのが遅い!いつまで悩んでいるの?』聞き覚えのある声で、私はなぜかドキドキしていました。

風があのしなやかな髪を揺らしていて、私はドキドキしながらアルバムの先輩を思い出して今ここにいる女性と照らし合わせていました。

私は思わず『もしかして花先輩?!!』と叫んでいました。



先輩は販売機のすぐ横にある公園で見ていたようで、“販売機の前でいつまでも腕組んで悩んでいる、ドンくさいやつだな”と思って良く見ると私だったそうです。



私は、こんな夜にこんな格好で、“ドンくさいやつ”まで言われましたが、それでも覚えてくれていただけで嬉しかったので、ごく自然に『DVD鑑賞にビールが飲みたくなって買いに来たのですが、良かったら一緒に飲みませんか?』と、言っていました。



先輩は既に飲んでいるようでしたが『DVD鑑賞は遠慮しておくけど、ビールだけなら付き合おうかな』と言ってくれたので、私はいつもの500mlのビールを2本買って、公園のベンチに座って飲む事にしました。



私は、まず先輩のビールを開けてから渡して、自分のビールを開けてすぐに飲み始めてしまいました。



すると先輩の視線を感じ、横を見ると、先輩はまだ飲まずにこっちを見て待っているようだったので、私は慌てて『いただきます』と言って、また飲み出すと、先輩が『取手君って本当に変わってないね』、『どこがですかぁ?』、『ビールを美味しそうに飲むところと、必ず女性のビールは開けてから渡してくれるところ』と言った先輩がなぜか一瞬悲しそうに見えたのでした。



私は『自分が早く飲みたいからですよ』と言いましたが、本当はみんなにそんな事はしていませんでした。



私達はそれから、大学の時の事、就職の事、卒業してからの事を話し、仕事の事を話していると、先輩の家と私の家は歩いて10分程のところに住んでいることを知ったのでした。



もうとっくにビールは無くなって、時間も大夫経っていたのですが、私はいい気分になって喋り続けていると、先輩が時計を見て、



『あっ、門限過ぎてるぅ』



『三十路すぎて門限?嘘ぉ~』



『三十路は大きなお世話、自分で作った門限なの!!』



『じゃあ送りますよ』



『送り狼だったりして』



『古いですねぇ~もう絶滅しましたよ!!』



『少し考えるのもマナーじゃない?私って賞味期限過ぎてる?』



『まだ大丈夫です、よく火を通せば』



と言うと、先輩に頭を小突かれたのでした。



一緒に歩き始めると、心地よい風に先輩の髪の毛が揺れて私の腕にまとわりつき、良い香りがしていました。

ただ昔とは違い、香りにはタバコの匂いが混ざっていました。



綺麗なマンションの前まで送って別れ際に

『ありがとう』

『元気だそうね』

『じゃあまた』

と言って先輩の携帯電話番号を書いてもらったメモ用紙を大事に握りながら別れたのでした。



仕事以外で女性の電話番号を教えてもらった事が何だか嬉しくなって、無くさないようにポケットにしまい、しまった後も有るのを確かめながら家に帰りました。



飲み始めて時間が経っていたので、すっかり酔いが覚めてしまい、帰りにまた自動販売機でビールを2本買い足して、気持ちよく飲みながら家に帰り着いたのでした。



そして、憧れの先輩と結構ドラマチックな再会を思い出しながら飲み、2本目が飲み終わる頃には、さすがに酔いがまわりはじめました。





そしてベッドに入ろうとした時に、ちょうど先輩との分かれ際のことを思い出していました。



先輩の言った『元気だそうね』ってどう言う意味だったのだろう、いくら思い出しても先輩との会話には楽しい話しばかりで、元気を出さないといけないところがないのです。



私は気にかかって寝つく事が出来ずにいつの間にか携帯電話を握りしめて、もらった電話番号をみていました。



時間は午前1時半、少し迷ったのでしたが、5コールで切ると決めて、電話番号を押すことにしました。



呼び出し音が鳴りはじめました。1コール2コールが長く感じられて3コール目が鳴っている途中で、もう切ろうかと思った瞬間、呼び出し音が切れて無音になりました。

『花先輩?』

それでも無音が続いていたため、再度、携帯電話を耳にあて直すと、携帯電話の向こうから、かすかにすすり泣く声が聞こえてきました。

『先輩!先輩!』

何度か呼び、やっとせんぱいが、

『ごめん何でもないから』

泣き声でした、私はこんな時何を言っていいのかわからず、

『先輩・・・・』と言ったのでしたが、『ごめんね、なんでもないの、もう遅いから切るね』電話が切れられてしまいました。



私は携帯電話を握り締めたまま今度はバスケットシューズを履いて先輩のマンションに向かって走り出していました。先輩のマンションの前に着く頃には、ビールを3本飲んだおかげで苦い物が上がっていました。



インターフォン前で息を整えながら、さっき横で盗み見た部屋番号を押して呼び出しボタンを押して少し待ったのですが、何の応答も無く、もう一度部屋番号を押してから呼び出しボタンを押すと、何の応答も無いままエントランスの自動ドアが静かに開いたのでした。



すぐにエレベータを探して乗り込んで、部屋番号から最上階ボタンを押し、エレベータの中に入ってから、もう一度息を整えていると、エレベータは静かに止まり扉が開きました。



先輩の部屋と思われる玄関の前で緊張しながらインターフォンのボタンを押すと、すぐにチェーンロックが外れた音がして、次に鍵が開けられた音がしたのですが、そのまま静かになってしまいました。



その後がとても長く感じましたが1分ぐらいだと思います、私は『先輩、花先輩』と小さな声で呼ぶと、少しドアが開きだしたのでした。



私はすぐにドアノブを引くと、そこには別れた時と同じ服装の先輩が壁にもたれかかっていました。ただ、長い髪の毛は乱れ、強いアルコールの匂いがしていました。

私『どうしたんですか?』

先輩『もう大丈夫だから』

涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑顔を作っていましたが、これ以上、泣いた顔を見られたくないのか、私に背を向けると、

『ごめんね』

その場に座りこんでしまいました。



私はどうしていいのかわからないまま、

『もう何も言わなくていい、大丈夫だから』

先輩を後ろから抱きしめていました。



先輩は子供のように声を出して泣き始めたのでしたが、私はそんな先輩を黙って強く抱くことしかできませんでした。



どれくらいそうしていたでしょう、いつの間にか先輩は寝息をたてていました。時々喉を引きつらせていましたが、すっかり寝ているようで、私はこの後どうすればいいのか悩みましたが、少しの間このままでいようと、自分に言い聞かせていました。



この時、私は彼女に対して憧れとは違う別な感情が生まれていたことを自分でも気付かずにいました。



先輩はすっかり寝ているようだったので、すこし体制を変えようとすると、先輩は私の腕を離そうとせず強く握り返して来たので、私もそのまま眠りこんでしまいました。



ふと気付くと、向かいの扉から明かりが漏れていて先輩はいませんでした。



私は昨日の事を一生懸命思い出していましたが、現実だったのか夢だったのかもはっきりせず、でも毛布が掛けられていて、明らかにここは自分の家ではなく、周囲が明るくなっていて、今の状態を把握するだけで精一杯になっていました、心臓の音が耳から聞こえていました。



最初に考えた事は、今日は土曜日で仕事が無いことを確認して、少し安心してから明るくなっている廊下の先の扉をそっと開けました。



するとそこは、明るく白い部屋で心地良いサックスの音楽が流れていて、コーヒーのいい香りもしていました。



私は、何を言って良いのか、わからないまま『あのぉ~すみません今何時ですか?』と言うと、『もうすぐ10時です』と先輩の元気な声が聞こえてきました。



私はとても広く明るいリビングと思われる部屋に入って、先輩を見つけると先輩はパイル地のショートパンツに襟が大きく開いたTシャツ姿で、頭にはバスタオルを巻いてキッチンに立っていました。



私は、次にかける言葉を考えたのですが、昨日からトイレに行って居ないこともあって、先輩には見せられない部分と切羽詰まった生理的現象があって、気の効いた言葉を考えても頭にうかんで来る事はありませんでした。



それでもまだ若干の余裕があったのですが、もう尿意を誤魔化すことが出来ず、妙な汗が流れ、気のきいた言葉は思い浮かばずに出た言葉は『先輩、トイレ貸して下さい』でした。



先輩からトイレの場所を聞き、用を済ませたことで、眠気をもよおすほどの幸せを感じて洗面所で手を洗っていると、そこには有って当然の洗濯物があり、その頂上には先輩がさっきまで身に着けていたと思われる、何ともやわらかそうなレース付きの物が目に入ってしまったのでした。



私はそれを見てドキドキしている自分に情け無さを感じましたが、他に歯ブラシが2本ある事や男物の化粧品や髭剃りが置いてある事に寂しくなっていました。



でも自分より1つ上の女性なら当たり前なことだと自分に言い聞かせて、冷たい水で顔を洗いリビングに戻ると、先輩がキッチンから出てきたのでしたが、良く見るとその格好は、露出度が多く目のやり場に困る服装でした。



『今日は休み?』

『はい』

『いま、ご飯用意しているからシャワーでも浴びてきて』



女性の家でシャワーを浴びる気まずさはありましたが、シャワーを浴びれば、若干の頭痛と昨日からの色々な事がすっきりするだろうと思い、シャワーを浴びる事にしました。



風呂に入ると、そこはまだ暖かく甘くいい香りが残っていて、明らかに少し前に先輩が入った事がわかったのでしたが、それにより自分の意思ではコントロール出来ない敏感になった自分自身がいました。



この状態のままでは、出る事もできないので、少し長めにシャワーを浴びて、最後に冷たいシャワーを浴びて落ち着つくことが出来ました。



すっきりして、もちろん部分的にも落ち着いてリビングに行くと、先輩の頭にあったバスタオルは無く髪の毛は、ほぼ乾かされていて朝食も出来上がっているようでした。



『長いなぁ、どこ洗ってるのよ』

長かった理由を言えるわけが無く、気の効いた冗談言えずに顔が熱くなっていました。



先輩の家はとても広く、キッチンの横が広いテラスになっていて、そこに朝食が用意してありました。



用意された物は変哲も無いといったら怒られますが、コーヒーとトーストにスクランブルエッグとオレンジジュースで、とても気持ちのいい日が射しこんでいて、よりおいしそうに見えました。

なによりも、何より口角がきれいに上がった先輩の笑顔が最高でした。

『どうぞ』の言葉で、

『いただきます』と言ってトーストにかじりつきました。



それは厚切りで、よく焼かれていたのですが、中はやわらかくまた、バターが香ばしくてとても拘りが感じられる焼き方でした。



先輩は私の反応を見たかったようで、私の正面に座り両肘をテーブルに付いて私をじっと見ていました。私はトーストを一口かじり何気に先輩を見ると、Tシャツの襟もとは大きく開いていて、そこからは、先輩のもともと程よい大きさの“それ”が肘を付いた姿勢によって、いっそう押し上げられて私の目に突き刺さりました。

その2つの間に出来た深い谷間を目の前にして、冷静でいられるわけもなく、吹き出しそうになるのを必死で我慢して、視線を無理やり剥がすように上げると、

『美味しい?』

先輩のさわやかな笑顔に私の出た言葉は、

『うまっ!!』

後はむせ返っていました。

先輩はそんな私を見て、笑っていましたが、まぶたの裏に焼きついたしまったものが色んな意味で居心地が悪くて、正直味なんて良く分かりませんでした。



ただ、先輩は昨日とは別人のように明るかったので、昨日の事には触れずに、目のやり場には困っていましたが、何とかその場をやり過ごすことにしました。







4. 女



なんとなく言葉に困った私は『この後どうします?』と言っていました。

すると先輩は嬉しそうに『山とか海と、買い物に行きたいなぁ、もう遅いかな』と

私の顔をのぞき込みました。



その言葉ですぐに横浜港に大きな客船が入港している事を思い出しました。

『横浜の大桟橋から箱根で御殿場アウトレットなんかどうでしょう?』

『今から全部行けるかな?』

『大丈夫だと思います』



若干の不安はありましたが、要所を要所を1時間程度にして、移動をちょっと頑張れば今日は土曜日だし、大丈夫だろうと思いすぐに準備のために立ち上がったのでしたが、自分の格好を見て『無理!!』とジャージのポケットを引っ張りました。



すると先輩は笑顔で立ち上がり、少し嬉しそうに部屋に入ると、またすぐに戻ってきました。

その手には白いシャツとパンツがあったのですが、先輩は私の後ろに周りそれを私の背中にあてると『大丈夫そうね』と言い、椅子に掛けるとまた部屋に行ってしまいました。

私は先輩の持ってきた物を手にとって見ると、GIORGIO ARMANIと書いてタグが縫い付けられていました、パンツも一緒でした。



私はそれを持ったまま部屋に入り、耳をすましていると奥の部屋から生地の擦れる音が聞こえてきました。

大きな声で『これ借ります、後で洗濯して返します』

『あげるわ』

夢を見ているような不思議な気持ちでしたが、それ以上何も言いませんでした。



私はその場で着替えました。

白いシャツと千鳥格子のパンツのサイズは、ぴったりです。



それからドライヤーの音が聞こえて、多分10分ぐらいして先輩が部屋から出てきました、先輩は黄色地に黄色の花がたくさん書かれたワンピースを着ていました。髪の毛もいつものサラサラでした。

先輩は私の前に立つと『とっても、素敵よ』と言ってくれたのですが、追いかけるように甘いいい香りが私と先輩を包み込み軽く眩暈を感じました。

そして先輩は私のシャツの襟を直すと洗面所に行きワックスを手に取って、私の髪の毛を整えてくれたのでした。

その間ずっと先輩のつけたばかりの甘い香りのせいで、私は眩暈を感じ自分を制御するのに必死になっていました。



でもまだ問題がありました。レース場を走ることを主にしている私の車にはエアコンはおろか、助手席も無く鉄板むき出しの内装で、女性はもとより、ドライバー以外の人を乗せる事を考えていない車なのです。



これから出かけるために正直にその事を言うと『助手席を付ければ、それでも良いけど、私も車を持っているから』と言ってくれたのですが、私は心の中で、その格好では助手席を付けたとしても無理なので、先輩の車にしてもらう事にしたのでした。

そしてちょっと楽しみになりました。



出かける準備をしていて、先輩はアクセサリーを付けて、私にはベルト持ってきてくれました。



そして突然

『今日から晴(ハル)って呼ばせて』

『わかりました』

『そして、私の事は花(ハナ)って呼んで』

『それは出来ません、先輩は私の先輩ですから』



先輩は私が触れずにいた昨日の事について喋り出したのでした。



『貴方ねぇ昨日私にあんなことしておいて、それでも先輩って呼ぶの?』

私は先輩の香りに眩暈を感じながら、必死で

『あんな事って僕は何もして無いですよ』



『まったく、男はいつまでたっても女のことが分から無いのね、いい、男はいつも女に対して妄想しているでしょ、今だって』

“ドキッ”とした。

『男はその妄想を女に要求するの、中には強要する人もいるの、そして男はその要求が叶って初めて“した”って言うんでしょ、でも女は男の妄想が自分にとって嫌な事だったとしても、それを受け入れる事で、その男の物になりたいから“させる”の、何が言いたいのかわかる?』



『わかりません』



『男は女が受け入れてくれるまでは、分からないかもしれないけど、女は男を受け入れる時は、気持ちは決まっていて、男の“した”は“おまけ”みたいな物なのよ、女にとって8割が気持ちで、男の“した”とか言うのは2割程度のことなの、貴方は、昨日私にあんなに優しくして、そして朝まで一緒に居たのよ、私にどこまで言わせたいの?』



『もう』

と言い放つと、先輩は私の体を強く引き寄せると耳元で

『昨日はありがとう』



やっぱりわからない・・・・女の人が受け入れてくれるのは、どこからだろう?

鳥肌が立つのと一緒に怖くなっていました、私が女性に対して免疫が無いのか男性の永遠のテーマなのか女性が全然分からなくなっていました。



『じゃあ、先輩の気持ちは、決まっているということですか?』

勢いで聞いてしまった。

『そうよ、あとは貴方が決めて、私は従うわ』

嫌な気分じゃなかった。



でも先輩はそんな簡単に決められるのか?それとも簡単では無かったのか?“あとは貴方が”って言ったって私は先輩のことを全く分かっていなかった。



それならば・・・・せめて昨日の泣いていた理由が聞きたかったけど、



今はやめることにしました。





『さぁ出かけましょう』

ほおり投げられたのは車のキーでした、放物線を絵描いて受け取ったキーには見覚えのあるマークがついていました。



『アルファですね、車種は何ですか?』

『GTよ』

想像するだけでにやけてきた。



出かける準備のできた花は大きなクリスチャンディオールのサングラスをかけて、まるでビバリーヒルズを歩くセレヴのようだった。



そんな花が私に用意したのは、フェラガモのモカシンにカルバンクラインのサングラス、何かまだ夢の中のような気がしていた。



私達はエレベータフロアまで行き、エレベータが来るのを待っていると、音も無くエレベータが来てドアが開いたのでした。



そこには昨日は気付かなかった大きな鏡が正面にあって、映し出されているのは美しい女性と私だった、恥ずかしくなっていると、花が私の手を取ってエレベータの中に引き入れたのです。



私は自然に『綺麗だね』と言ってしまいました。

自分でも意外でしたが、先輩から『アリガト』と言われ、どんな顔していいのか分からないでいると、エレベータが地下に着いていました。



エレベータを降りて、先輩に後について歩いて行くと、私の視界に入ってきたのは、奇麗なアトランティックブルーのアルファーロメオGTでした。



すぐにドアを開けて中に滑りこむと内装は総革張でシートの硬さ高さが絶妙、国産車のシートとは、別格でした。



ここで若干疑問が沸いたのです、一つ年上のOLでこの相当家賃の高そうなマンションにブランド物の服、車も5百万はする、今気づいたのが彼女の腕には金色のブルガリ、果たして花はどんな仕事をしているのだろう。





5. アルファーロメオ



どうやら、このGTはV6、3200ccで6速マニュアルトランスミッションのモデルで、GTの中では一番ホットバージョンです。

早速ポジションを合わせてGTのキーを捻ると悲鳴ともいえる音が地下駐車場に響き渡り、私は驚きと共に、にやけていました。クラッチを踏み込みギアを1速に入れサイドブレーキを下ろすと、まだミッションオイルが温まっていないようで走りだそうとしてあわててブレーキを踏みおさえこんだのでした。それはまるで荒馬の手綱を押さえているようで、早く解き放ってやりたい気持ちを油温が温まるまで抑えることにしました。

油温計の針がピクリと動き出したのでアクセルを少しずつあおって走り出すと太いトルクで、すべるように走り出しました。

そして駐車場の出入り口に近づくとシャッターが開きはじめ、開いたところから、光が洪水のようにこちらに押し寄せてきてGTのボンネットを照らし出し、そのボンネットのブルーがさらに綺麗に変えると、今度は私達を照らし出し、私の視界は真っ白になり、胸ポケットに入れていたカルバンクラインのサングラスを掛けたのでした。



青空が一気に開けGTに外の空気を思いきり吸わせるためにクラッチを踏んで1回アクセルを煽ってから駐車場を後にしました。



横浜に向かうために横羽線に乗り、少し癖のあるポジションとミッションに慣れると1500kgの車体は240馬力と30kgトルクで、気持ちの良い加速を味あわせてくれました。

そして私達は、みなとみらいICで降りて大桟橋に向かいました。



大桟橋には、テレビで見た大きな客船が停泊していて、GTを少し離れた駐車場に止めて歩く事にしました。



桟橋に着くと海風がとても気持ち良く、客船をしばらく見ていて、私は珍しい物を見つけたので、先輩に聞いて見る事にしました。



『UW旗って知ってますか?』

『浮気の略?』

『・・・・・・』

『“き”は旗(はた)です』

『知らない』

私は指をさして

『あそこにいる人が振っている2枚の旗の事です』

『どんな意味があるの?』

『あの人たちが振っている旗はUWと言って“安全なる航海を祈る、行ってらっしゃい”と言う意味があります。そして客船のマストの旗がUW1と言って“ありがとう、行ってきます”って答えています。他には船が入港する船に向かって“入港を歓迎する”と言う意味でUW2とか、同じように港が“入港を歓迎する”意味で、UW3を使います、その時入港する船は“ありがとう”と言う意味でやはりUW1を掲揚します』

『へぇ~かっこいいね』といいながら、先輩が私の腕に手を絡ませてきました。



その後小1時間客船を見て、箱根に向かう事にしました。



横浜からは保土ヶ谷を抜けて東名高速横浜町田インターに向かったのですが、保土ヶ谷バイパスで少し渋滞があっただけで、東名に入ると渋滞は無くスムーズに厚木まで行く事が出来ました。



そして東名を降りて小田原厚木道路を箱根方面に向かいます。



すると、バイクのような音が近付いてきてGTの横に一度付けて再び加速し出しました。

『何!!あの車』

先輩の言葉で

『スーパーセヴン!!』と答えて、すぐにGTのアクセルを踏み込んで加速し出したのですが、軽いエンジン音と共に、みるみるうちに遠くに離されてしまいました。



170kmは出ていましたが、スーパーセヴンの加速に付いていく事が出来ませんでした。

多分、速度はGTのスペックでは250km/hは出るはずなのですが、セヴンは何といっても超ライトウェイトスポーツ、馬力がGTよりも少なくても100km/hや200km/hに達する時間が速いのです。



『あの車に乗ってみたい』と先輩が言ったのですが、私は前から興味があって、一度所有したいと思う車の1台なのでした。



そして小田原厚木を抜けて、ターンパイクに入ったのでした。ここは何といっても高速コーナーが続く山坂道で、このGTの得意分野です。



花が運転している姿はきっとイタリア女性のように華やかで、美しくなるでしょう。花は何でこの車を選んだのか聞きたくなりました。



そんな事を考えながらターンパイクを登りきり、見晴らしのいい大観山展望台に着いたのでした。

展望台からは天気が良ければ芦ノ湖の向こうの青空に稜線をくっきりと浮かび上げた富士山を見る事が出来ます。



そしてもう一つの名物が、たくさんの車のエンスーたちが集まり車自慢をしているのです。中には世界で5台と無い車をわざわざトラックに積んで持ってくる人も居るのです。



私達は、その展望台のパーキングに入り、空きを探していると先ほどのスーパーセヴンが居ました、ドライバーは居ませんでしたが地に這いつくばっていました。



GTの駐車スペースを見つけて止めようとしていると、花が静かになっている事に気付いて『どうしたんですか?』と声をかけると『トイレに行きたい』と言ったので、GTを急いで止めて、トイレを指差すと、花はバッグを持ってトイレの方向に走って行きました。



風でスカートの裾がひらひらと舞って花はとても優雅でした。その姿を目で追っていると、周りに居るほとんどの男達が、花の事を目で追っていました。



私は優越感に浸っていました。



GTのシートを少しリクライニングさせて、シートの心地よさを味わっていると、花が帰ってきた。

『間に合いました?』

『ちょっと漏れた・・・・・』私が大笑いしていると、

『女の子とドライブする時は、トイレを気にするの!!』

確かに、昔読んだ男性紙にそんな事が書いてあった事を思い出したのでした。



この場所からは富士山が見えないため、GTを降りる事にしたのですが、2人男が『綺麗なGTですね』と言って近寄って来たのです。

花が『ありがとう』と言うと、私に名刺を出して来たので受け取って見ると、アルファロメオクラブの人たちでした。



私は花の車である事を伝えると、すかさず花に是非会員になって欲しいと、私に声をかけた時よりも一生懸命に勧誘しはじめたのですが、花は名刺を受け取り『考えさせていただきます』と軽くあしらってから、歩きはじめたのでした。



今日は特に雲ひとつ無い空で私は、花をここに連れてきた目的を見せに、大観山パーキングの裏側に行くと、目の前にはくっきりと富士山が浮び上がっていました。



周りの人達がカメラに収めようと必死になっていましたが、私もこの大パノラマを何度もカメラ収めようとしたのですが、見た通りには収まらないのです。



私は、花と少しの間、時間を忘れて見ていました。







6. パウダーピンク



既に3時をまわって、日が傾いて肌寒くなっていました。私達は急いでGTに戻り、車内の暖かさを味わい、GTのエンジンを掛けたのでした。



するとあのスーパーセヴンがGTの進路を塞ぐように止まり、ロールバーに手をかけてまるでジャングルジムに登るようにドライバーが降りてきました。スーパーセヴンのドライバーは革のハンチングを被り立派な白髭をたくわえていて、とても雰囲気のある人でした、私の横に来ると『あんなにいい音を響かせて走っている、アルファーロメオを久しぶりに見たよ』と言ってきたのでした。



私は『ありがとうございます』と答えると

セヴンドライバー『これからどこに行くのだい?』

私『御殿場に行こうと思ってます』

セヴンドライバー『もう一度あの音を聴かせてもらえないかね』

確認するように花を見ると、笑顔でうなずいたので

私『じゃあ一緒に行きましょう』と言うと、セヴンのドライバーは『ありがとう』と言い

嬉しそうに車に乗り込んで走り出す準備をしていました。



すると花が突然『それなら私、あの車の助手席に乗る』と言い出したのでした。



私はその格好じゃ助手席に座る事も出来ないこと伝えると、花は私にGTのトランクを開けるように言うと、すぐに外に出て、GTのトランクから何やらMA-1とコンバースのスニーカーとタイツらしき物を持ってきました。



そして花は『こんな時のために』と言うと、助手席のドアを閉めミュールを脱ぐと、そのタイツを履き始めたのでした。



私はどんな時のために着替えを持っているのか不思議になっていましたが、そんなのはお構い無にタイツをスカートの裾までたくし上げると、『いつまで見てるの?』言い、花はスカートの裾をパッとめくりあげてタイツを腰まで引き上げたのでした。



その瞬間、私の目の前だけがスローモーションとなり、真っ白い太ももとパウダーピンクの柔らかそうな生地と一瞬おへそまで見えて、ゆっくりとスカートが元の位置に戻ったのでした。



私の視線はパウダーピンクの位置で止まっていました。



すると花が『もうおしまい!』と、私のおでこを指で弾いたのでした。



私は我に帰り『乗り込むのに、丸見えになっちゃうよ』と言うと『これスパッツだから見えてもいいの』と言うと、すぐに外に出て、MA-1の袖に腕を通しながらスーパーセヴンに駆け寄りセヴンのドライバーと話していました。



私にはセヴンのエンジン音で何も聞こえませんでしたが、すぐにセヴンのドライバーが助手席を片付けだし、片付けが終わったところで、花はセヴンのドライバーの手を借りて乗り込んだのですが、大胆に足どころかスカートの中が丸見えでしたが、それでも優雅にスーパーセヴンに乗り込みました。



当然、いい車にいい女が大胆に車に乗り込んだ訳なので、周りの視線はやはり釘付け。

セヴンのシートに収まった花は、そんな視線も気にせずに今度は長い髪を手際よくMA-1の襟の中にしまうと4点ハーネスをセヴンのドライバーにされるがまま付けてもらい、準備OKのサインを私に送って来たのでした。



セヴンへなのか花へなのかジェラシーのようなものを感じていましたが、私はGTで走り出しました。そして後ろには、花の乗ったセヴンが付いて走りだしました。



既にGTにも慣れたところだったので、思いっきり走ってみようと、シートを少し前に詰めてから、ギアを1速落としてレッドゾーンまで引っ張るとGTのエキゾーストは悲鳴のような高音を奏でて、セヴンを引き離したのでした。

でも、コーナーではスーパーセヴンに余裕があるようでピッタリと後ろについてきました。



直線では離し、コーナーで追いつかれるを、繰返して走ったので、御殿場まで30分かからずに来てしまいました。



そしてGTを路肩に止めるとローターから煙が出ていました。そして窓を開けるとセヴンが後ろに止まり、エンジンを止めると花とドライバーの声が聞こえてきました。



私はGTを降りて花を迎に行くとセヴンのドライバーとすっかり仲良くなっていて、花はハーネスを外してセヴンのロールバーから飛び降りました。



花と私はお礼を言うとセヴンのドライバーも嬉しそうに『今日はアルファのすばらしい音と艶やかな女性、十分にラテンを楽しませてもらった、本当に今日はいい日だ、どうもありがとう』と言い、花が『セヴンも叔父さまもとっても素敵よ』と言ってお互いの連絡先を交換し合って別れたのでした。



『本物のラテンはフェラーリにイタリア女だけどね』と口を滑らしてしまいました。

『アルファにわたしでは、何かご不満ですか?』







7. 欲求のはけ口(an outlet for one's frustrations)



今日の最後の目的地、御殿場のアウトレットは、スーパーセヴン別れてすぐの所にあり、何度か行った事があったのでしたが、いつも行く所は同じスポーツ用品点で、買った物はバスケットシューズぐらいでした。



ところが花は、私が入った事の無い高級なブランド店ばかりで、それも1つの店で5万から10万円を使っているのを見て私の方がヒヤヒヤしていました。



そして5店目の会計の時に店員から限度額を越えていると言われて、別なカードを探し出したのでしたが、同じように限度額に達していたので、ここでの支払は私のカードを使用したのでした。



花は私に『ありがとう、後で返すね』と言ったのでしたが、とても気まずそうでした。



私は話しを変えようと、この後の予定を決めるために、5店分の荷物を抱えて歩き出したのでしたが、花は何も無かったように話してきたのでした。



『朝、食べたきりだけど何か食べて行く?』



『別に大丈夫だけど』



『じゃあ家に帰って食べようか?』



『いいね、手伝うよ』



で、決まりました。



私達はGTに戻って、荷物をトランクに入れて、急いで帰る事にしたのですが、家までは2時間は覚悟の上でした。



東名は途中まで順調でしたが、大和トンネルで渋滞になってしまい、横浜町田で降りて保土ヶ谷バイパスをぬけるまで1時間かかってしまい、結局マンションに着いたのは9時を過ぎていました。



途中パスタを作るための買い物をしたので、花は先にマンションのエントランスで食事の材料を持って降りて、私はGTを地下駐車場に止めてから花の荷物を持って上がる事にしました。





私はGTのトランクから花の荷物を出して、両手にいっぱいに抱えてエレベータに乗り、最上階のボタンを押したのでした。



エレベータが動き出すとすぐに1階で止まり、扉が開いたので、他の人が乗って来てもいいように、荷物を避けたのですが、誰も乗ってくる気配はありませんでした。



一応、エレベータの外も見たのですが、エントランスには誰も居らず、マンションの集合ポストが見えたので、花の郵便物を持って行こうと思い、もう一度荷物を抱えてエレベータを降りたのでした。



すると花の部屋のポストには、凄い数の郵便物があり、それはカード会社の物ばかりで、中にはメモで“*月*日までに20万円をお支払ください”と言う物まであったのでした。



私はそれを見て、花と一度、話し合わないといけないと思ったのでした。



でも、今の微妙な関係で聞くべきなのか迷っていました。



私はそこに有ったメモを一つだけ持って部屋に行く事にしたのでしたが、まだ迷っていました。



花の部屋に入り、テーブルの横に荷物を置いてキッチンを見ると、花は今朝と同じ格好にエプロンを付けて、長い髪の毛は一つにまとめられていました。



手伝おうとキッチンに入ると『いいから座って居て』と言われて、ソファに座り花の事を見ていました。『あの車好き?』と聞かれ、私はてっきりアルファーロメオの事だと思って『全てに拘りを持って作られていて、ただの移動の手段としての車でないところが好きだよ』と言うと、花が言っていたのはスーパーセヴンの事でした。

花は『ちょっと興味があって乗ったんだけど、あんなに楽しいとは思って無くて今度は運転してみたくなっちゃった』、『あの車幾らぐらいするのかな? 』と言い、私は『500万から1000万ぐらいだと思う』と言うと、花が『なにも付いていないのにそんなにするんだ』と言いその後すぐ『出来た』と食事が出来たことを教えてくれたのでした。



食卓に並べられたのはゴルゴンゾーラとカニのトマトクリームパスタとホタテの貝柱のサラダとワイングラスが置いてありました。



とてもいい匂いとお洒落に盛り付けられたパスタはまるで、イタリアンレストランの物のようで、食欲と共に生唾を飲みこまずには居られませんでした。



そしてワイングラスに赤ワインが継がれた後に、花の目を見ながら『いただきます』と言い、ワインを一口飲んでからパスタを食べたのでしたが、それは今まで食べた事の無い濃厚なチーズとカニの香りが口いっぱいに広がって程よいパスタの塩気と会ってまるで新鮮な、海栗を思わせるような味でした。



私は『すごく美味い』と言うと。



花も満足しているようでした。



食欲も落ち着きワインを飲んでいると、花が『スーパーセヴン欲しくない?』と言ってきたのでした。私も昔から条件が揃えば乗ってみたい車な事を言うと、花が『買おう』と言ってきたのでした。



私はあの車を所有するためには、ガレージや自分でメンテナンス出来る工具それにスーパーセヴンは生活に使用する車としては、使えない事を言うと、花が『晴の車を売って、私のアルファと二台にして家の駐車場に止めれば』と言い出しました。私は自分の車が無くなったら生活に困ると言うと、



花『アルファを使えばいいじゃない』・・・・



私『今の車は気に入っているし、ここまで来ないと車が使えないのは嫌だよ』



花『ここに住めばいいじゃない』・・・・・・



私『・・・・・・・・』



私『えっ!!ちょっと待ってそんな簡単に決めていいの?』



花『何か問題がある?身辺整理するのに時間がかかるとか』



私『そんなことは無いけど』



花『それならば、来ればもう一部屋在るし』



私『後の事は僕が決めていいって言っていたよね』



花『言ったけど・・・・』



私『ちょっと時間を下さい・・・』丁寧語になっていた、もう少しでさっきの事を言ってしまいそうだった。



その後、ワインを飲みながら古い白黒の映画を見終わると、もう日曜になっていました。



花には、金曜の晩から家がそのままになっている事を理由に家に帰る事にしたのですが、花が日曜日はどうするのか聞いてきたのでしたが、日曜日は朝から実家に行く用事があり、用事が済み次第電話をする約束をして帰る事にしました。



花が送って行くと言ってくれたのでしたが、『少し風に当たって帰りたい』と言い花のマンションを後にしたのでした。



歩いていると、金曜日の夜からの事で、ひどく疲れを感じて何も考えられずに家に着きました、とりあえず服を脱ぎ、その服を見てまだ夢の中にいるようで、昨日の事が1週間ぐらい前に感じていました。





8. 本当の自分



私は、いつの間にか寝てしまい、携帯電話が鳴り止まない夢を見ていました。



ふと目を覚ますと、すっかり朝になっていて本当に携帯電話が鳴っていました、携帯を見ると母親でした。時計を見ると母親との約束の時間をとうに過ぎていて、こんな事は始めてだったので母親が心配をして何度も電話をしてきたようでした。



母親には少し仕事が忙しく寝不足だった事にしておくと、母親から『今日はもういいからゆっくりしなさい』と言ってくれたので、申し訳ないと思ったのでしたが今日は行く事はやめることにしました。



これで花と会う時間ができたのでしたが、何かする度にもらった服が目に入り、やはりこれは自分では無いと思い、もっと冷静になって考えないと花にも自分にもよく無いと考えたのでした。



本来ならば自分にとって憧れの存在だった人から好意を持ってもらう事は嬉しいはずなのですが、何か心の底から喜べなかったのでした、考えて見ると私は花の事は何も知らなかったのです。当然花も私の事は知らないはずでした。



それならば、まず自分の全てを知ってもらうことで、花も自分の事を話してくれると思い、私自身を見てもらうのに最も良い方法がうかんだので、花に連絡をする事にしたのでした。



花『おそいよ』



私『出かけよう。』



花『どこ行くの?』



私『僕のお気に入りの場所、今日はラフに行こうジーンズにTシャツとかで』



花『私、朝から何も食べてないの』



私『僕も食べていないよ、行けば何かあるはずだから』



花『分かったエントランスに着いたら呼んで、すぐに行くから』



私『シャワー浴びてから行くからちょっと時間がかかるけど、急いで行くよ』



電話を切ってすぐに風呂に入り、ざっとシャワーを浴びて頭はタオルで拭いただけで、いつも着ている肌に馴染んだTシャツに、拘りぬいて悩みに悩んで買った年代物の501XXとナイキのスケートボード用のスニーカーを履いて急いで外に出たのでした、そして私の古くからの相棒を止めている、月極め屋根無し駐車場に行き、愛棒のカバーを外しにかかりました。



取りあえずの雨風がしのげるように、3重に掛けてあるカバーを外すと、ここのところの湿気で、窓ガラスが少し雲っていましたが、愛嬌タップリの相棒が顔を出しました。



私は大屋さんに頼んで駐車場に小さな物置を置かせてもらっているのですが、その中から小さな助手席を取り出して、その車に何年ぶりかに取り付けたのでした。



そして私はエンジンを掛けるための準備作業をしました。



私の車は、アルファーロメオGTのような今の車と違いエンジンを掛けるためには、事前作業が必要です、まずは、ボンネットを開けてバッテリーを繋いだ後に運転席に座って何回かのクランキングしてエンジンにオイルをいきわたらせます、次に燃料ポンプの動かしてキャブレターにガソリンを送り終わるのを音で確認して、再度クランキングでエンジンが掛けます。



今回もその手順を踏んでエンジンを目覚めさせました。いつもメンテナンスをしているエンジンなのでこれでも掛かりは良い方なのです。



水温と油温をチェックしてから走り出しました。



車の準備に20分ぐらいかかってしまいましたが、いつもより大夫作業を省略していました。



既に電話をしてから1時間経っていました。花がマンションのエントランス前で、長い素足を出して待っていました。



花は私に気付いていませんでした。クラクションを鳴らすとすぐに、笑顔で近づいて来たのでしたが、最初の言葉は『遅い!!』でした。



私としては早く準備をして来たつもりだったのですが、花は、待ちきれなくなって外に出て待っていたようでしたが、私の車を見てニコニコしながら『ミニね、なんかやんちゃな感じが、晴に合ってる』といってくれました。とても嬉しかったのですが、一つ問題がありました。



花は約束どおりジーンズとTシャツだったのですが、体の線がくっきり見えるTシャツにジーンズのミニスカートとベージュのサンダルでした。



私が中から助手席のドアを開けると、すぐに花が乗り込んできたのですが、ミニは低い姿勢になって乗り込む必要があるのですが、花がしゃがんだと同時に、私の目には刺激的な、とても凝視する事の出来ない物が飛び込んできました。



今日は、真っ赤でした。上の下着も白いTシャツからスケスケで、さすがに不味さを感じて車を降り、助手席に回って花に話しをしました。



私『全部見えちゃったよ』



花『だってこんな車で来るとは思っていなかった・・』



私『とっても素敵なんだけど、実は今日、君を僕の友達に紹介しようと思っているんだ、出来たらもうちょっと刺激の少ない物に変えてもらえるといいんだけど』



花『わかった、少し待ってて』と言って自分の部屋に走って帰って行きました。私は鼻の奥が熱くなるのと一緒に眩暈がしていました。



10分ほどで花は戻ってきました、今度はラグラン袖のベースボールTシャツにジーンズのサブリナパンツ、綺麗です。



花は必ず着こなしています。これで問題は無くなったのでしたが、ちょっと寂しさもありました。



そんな花を乗せて私はミニを走らせたのですが、車内はエンジン音がうるさく会話はほとんど出来ずに黙ったまま、花には行き先は告げずにドッグハウスと言う、私の車のメンテナンスをやっている店に向かっていました。



いつもドッグハウスには、30分程度で着いてしまうのですが、その日はスピードをあまり出さずに道を選んで走っていました。それも花を乗せているからそっと走っているのではなく、ドッグハウスのみんなに何といって紹介しようか悩んでいるからでした。大学時代の先輩って言ったら花は怒るだろうか?、彼女とは言えないし・・・・・と考えていると、花が『どこに行くの』と言ってきたので、僕が仕事と寝る時以外居るところで、この車を作ったところと伝えました。



『で、私を何て言って紹介してくれるのかな?』真髄をついてきました。



『妻でもいいよ』・・・・・



ブレーキを思い切り踏んでしまいました。



『とりあえず今日は友達でいいかな?』と申し訳なさそうに言うと『しょうがないね』、ほっとしました。



ドッグハウスは畑の中あるちょっと大きめの建物で、元々は何かの倉庫で使用していた建物を改装して車屋さんにした物です。



私はいつものように売り物の車の間を通り抜けて店の中の定位置にミニを止めて車から降りたのですが、異変に気付いた仲間達がすかさず、ニコニコしながら助手席を除きに来ました。



それも当然、私が女性をここに連れてきたのは始めてだからなのです。



でも正直、他のやつらがここに連れてきた女性とは別格の美人である事は間違い無いので、助手席に回り自信を持ってドアを開くと、花はごく自然にスッと立ち上がり、長い髪を押さえながら頭を下げたのですが、嬉しい事にそこにいた女性陣を含めて視線はやはり釘付けになっていました。



ドッグハウスのオーナーから『晴、どうしたんだよ、紹介しろよ』と言ってきたのでしたが、すぐに花は自己紹介してくれました。『松本花です、晴さんとはお友達です、よろしくお願いします』



花が自分でお友達と言ってくれたのはとても助かったのですが、少し寂しい部分もありました。



周りから『どこで知り合ったんだよ、晴がナンパするはずが無いよな』と言ってきたので、私は花の顔を見ながら『大学時代の同級生』と答えておきました。



オーナーの奥さんが気を使ってくれて、花をキッチンに連れて行ってくれました、そしてすぐに笑い声が聞こえてきました。食事の準備をしているようです。



私は安心してカウンターにいってコーヒーを入れていると、レース仲間の遠藤と横山が来て黙ってコーヒーカップを出してきました。



私は、出されたカップにもコーヒーを入れていると、早速『スゲェ美人だなぁ本当の本当に友達なんだろうなぁ・・・』私『うん』、横山『じゃあ俺にもチャンスがあるってことだな、とりあえず立候補するぞ』と言われ、『う、うん』と答えてしまったのでした。



少し後悔していました。



遠藤は『なんか怖いな』と私も気になっているところが一緒でした。



私はいつものようにつなぎに着替えて、ミニをジャッキアップして下にもぐりこみ、稼動部分緩みが無いかを確認してからグリスガンでグリスアップしていると、『おやつが出来ました』とオーナーの奥さんの声が聞こえて来ました。



そう言えば色々考える事があって朝から何も食べてなかったので、急にお腹が空いてきました。



見ると二つの大皿にいっぱいのドーナツここにいる人数で割っても一人10個は食べられそうです。



いつもの大きなテーブルに置かれたドーナツは見るからに美味そうです。コーヒーを入れて私が席につくと花がすぐに隣の席につきました。



みんなが席につくのを待って食べ出したのですが、とても気になっていたのが、コーヒーサーバの横にコップが置いてあるのですが、花はコーヒーを取ってこなかったのです。



私はドーナツを一口食べた後、当然のように喉がつまったので自分のコーヒーを飲むと、横に居た花もすぐに喉をつまらせたようでした、そしてごく自然に私のカップを持ってコーヒーを飲んだのでした。



それを見た横山が花から私に視線を変えると物凄い顔でにらみ、私は言い分けも言えずにむせ返ると、すかさず花がハンカチを私に出してくれました。



もう横山の顔は見る事が出来ませんでした。



少しお腹と横山の視線が落ち着いたところで、私は花にみんなの事を紹介したのでした。



最初にドッグハウスのオーナー鈴木さんで車のことはもちろん何でも相談できて頼りになる人、次にオーナーの奥さん由美子さん、とっても料理が上手でみんなのお母さん的な人です、あと珍しい女性整備士の夕奈この子はまだ20代なのにミニのことはオーナーと同じ位知っていてレーサーとしても結構名が通っています。この3人がドッグハウスのスタッフで、後は公務員の横山、設計士の遠藤この二人は私と同じで自分の車を持ちこんで整備して、ドッグハウスの名前で、ミニのレースに出ています。既に7年ぐらいの付き合いである事を説明し終わると、花が私の思っていたとおり自分の事を話してくれたのでした。



花は今、外資系証券会社に勤めていて、趣味は、ヨガと車の運転、乗っている車は2009年式アルファーロメオGTと言ったところで車好きの男達がどよめくのは当たり前で、横山からすかさず質問が出たのでした。



『GTに乗っていると言うことは、今までの車歴も凄いんじゃ無い?』と言うと、



花は『一番最初がユーノスロードスター、次がフィアットバルケッタ、ランチャデルタ、アルファ147GTA、で、アルファGT』驚いた車歴でした。



遠藤からは『外資系証券会社と言うことは英語がペラペラ?』



花は『会社の中に入ったら全て英語です』また、みんながどよめいた、私も一緒だった。



私は、花が誰でも気兼ね無く堂々と話すのは、そうゆう環境で男と対等に働いているからだと納得できたのでした。



でも私と花は既に釣り合いが取れていないと、躊躇しだしていました。



そして今度は花からの質問でした『ここでスーパーセヴン買って面倒を見てもらうことはできますか?』だった。



オーナーが『もちろん面倒見させてもらうよ、でもどのクラスのセヴンを買おうと思っているのかな?』の言葉に花は『これから勉強します』と答えて笑顔になっていた。



私は、花がどこまで本気なのか分からなかった。



お腹も落ち着いたので、自分のミニの点検を再開し、油脂類の点検が終わったところで予定通り帰る支度をしていると横山が来て『もう帰るのかよ』と言ってきたので、『うん、今日はまだ行くところがあってね』と言うと、横山は『すげぇ美人だけど・・・・なんか怖いから、立候補取り消す』と言ったのでした。



私は“早いな”と思ったのですが、怖いという言葉は私にもあてはまっていました。



花に『帰るよ』というと、花はこっちを見て言葉には出さなかったのですが、“もう帰るの”という顔をしていました。



そして、私は先にミニの運転席に座りエンジンを掛けると、花が助手席に乗ってきました。花が『もっと話しを聞きたかったのに』と言ったのですが、私は『この後も君を連れて行きたいところがあるんだ』と言って、ミニをバックさせて、みんなに『お先に』と言って走り出したのでした。



私は走り出してすぐに車を路肩に止めて携帯電話を取り出し、あるところに連絡をしました。



『晴だけど今から行っていいかな・・・・うん、じゃあ・・・1時間後位に』と言って携帯電話を切りました。



花はどこに行くのか聞いてきませんでした。



『晴ってミニのレースで優勝して、クラブマガジンって雑誌に載ったことがあるんだね』



『1回だけね』



『その時どんな気分だった』



『なんでだよ』



『いいから教えて』



『疲れきっていて、なんかボーっとしていた』



『それだけ?』



『ん~、みんな僕のことを見ていて、今日この中で一番早かったのは僕なんだて思ったら“やったぁ”って気分になったかな』



『それで泣いちゃったの』



『何だよ聞いてたならいいじゃん』



『どうして泣いたのかなぁ~と思って』



『ん~大袈裟だけど、お母さぁ~ん産んでくれてありがとう位思ったよ』



『へぇ~いいなぁ』



『花はそう言うこと無いの』と私が言うと『あっやっとハナって呼んでくれた』



『・・・・・・・・』顔が熱くなった。



『私も何度か一番を取ったことはあったけど、何故か喜べなかったの、なんかすぐに次の事を考えちゃって、これを終わらしてもまた次ぎがあって、結局どこまでも続くのかなって感じがして、いつまでも終わらない感じがするの』



『それはさ、頑張って頑張って、やっと努力が報われて一番なれたって言う喜びでしょう、そんなすぐに次ぎなんて考えないよ』と言うと花は不に落ちない顔をしていました。



『分かった、人によって努力の量は違うけど花はそれほど努力しなくても一番になっちゃうじゃない?』



『そんなこと無いけど・・でもその感動、味わって見たいな』



そんな話しをしているうちに、目的地に着いた。



ミニを止めると、花が『ここ何処、隠れ処的古民家風レストランとか?もしかして、口説かれちゃったりして』なんて冗談を言いながら、ミニを降りて私の後についてきていました。



私は扉を開けて『ただいま』と言うと母親が出てきた。母親は花を見て『あら、始めまして晴の母親です』と行った。花もちょっと唖然としていたのでしたが、すぐに『始めまして松本花です』と言って、私の顔を見たのでした。



母親は私と花を客間に通してくれて座布団を出し終わると『お茶を入れてくるね』と言って嬉しそうに出て行きました。



花が小さな声で『何で突然、晴の実家なのよ』



私『まぁ色々考えてね』



花『まさか、後の事は決めていいって言ったけど、もしかしてそこまで決めたの?』



私『そこまで決めるって、とにかく紹介したかったんだ、駄目かな?』



花『いいけど、どうしよう』



私『何か勘違いしていない? 』



花『ん~、私どうしたらいいのかな?』



私『そのままの花でいいよ』



花『わかった、緊張しちゃうけど頑張る』



私『始めて見た、花の緊張したところ』と言うと、またあの素敵な笑顔に戻った。



母親がお茶を入れて持ってきた、母親はお茶が出し終わると『晴が女の子を家に連れてくるなんて、高校生以来でビックリしちゃった、晴は何か頼りなく無い』と言い、長々と私の小さい時の話しをして『ゆっくりして行ってね、夜ご飯を用意するから』と言ってくれたのでしたが、私はもう一つやることがあったので、『今日はまだ用があるからこれで帰る』と言って帰る事にしたのですが、帰り間際に母親から『綺麗な人ね、キッチリ決めるところは決めなさい』と言われた、どれだけ頼りないのだろうと情け無くなっていた。



9. 素顔



実家を出て今度は自分の家の方に向かった、私は花に『今日も君の家で何か食べたいなぁ』と言うと『いいわよ、何が食べたい』と言ってくれたので、ちょっと考えて『肉じゃが』と言うと『オッケー』と返ってきた。



途中で材料を買ってミニを自分の駐車場に止めて、花のマンションまで歩きだしたのでした。10分ほどで例の販売機、そこで500mlを2本買い、また10分ほど歩き花のマンションに着いたのでした。

今、日曜日の夜7時、なんて長い時間を花と過ごしているのだろうか。





マンションに着いてエントランスを通り抜ける時、花はマンションの集合ポスト側に立って、私の視界に集合ポストが見られないようにしていた。



エレベータで最上階に上がると花の部屋の前にスーツ姿の男が立っていた、花は自分の持っていたレジ袋を私に掛けると、その男に駆け寄って何かを話しだしました。



私は大体察しがついていました、それでも知らない振りをしていると、その男と花の話しがついたらしく、男は私向かってエレベータに乗るために歩きだました。



すると花が急いで私の所に来ると、その男はすれ違い様に舌打ちをして通り過ぎていったのです。

花と私は、玄関に入るとすぐに花がドアの鍵を掛ました。

そして無言のまま部屋に入りレジ袋の音だけが妙に大きく聞こえていました、それでも二人は黙っていました。



これ以上、沈黙が我慢できなかったようで花が『何か気まずくなっちゃったね、この後どうする』と言ってきたのでしたが、私はそれでも黙っていようと思っていたのでしたが、あまりの長さに言ってしまったのでした。『僕は今日、自分の全てを見せたつもりだよ、まだ足らないようならば預金通帳も見せようか』



すると花が『ごめんなさい、私、昨日貴方の決めた事に従うって言ったけど、やっぱり駄目、貴方とは基本的に違うみたい』



昨日だったのかも分からなくなっていたのでしたが、私は『君の本心じゃ無いよね、君は何かに苦しんでいて、僕に迷惑がかかると思っているんだよね。』



花『いいえ、わかったの私と貴方は住んでいる世界が違いすぎて、貴方では私の全てを理解する事は出来ない』



私『僕では駄目ってこと』



花『そう言うこと』



私『わかったよ、君は僕の憧れの存在だったから、突然の再開と君からの言葉で舞い上がってしまったのだけれども、君の受け入れ方が何かやけになっているような気がしたんだ、だから僕の気持ちは別にして、まず僕の全てを君に見てもらおうと思った、そしてそれでも君の気持ちが変わらなければ、僕は君の過去にどんな事があろうと全て受け止めようと決めたんだ、だから今日の最後は君の家でゆっくり話そうと思っていたんだけど、もう結論が出てしまったようだね、君が僕の全てを見て駄目と思ったのだから僕は諦める、これは今日最初に決めていた事だから』と言って金曜日の夜一緒に過ごした廊下を通り玄関を出た。



いつの間にか走っていた、悲しかった、悲しくて、悲しくて涙があふれた、家に帰れば金曜日に戻るんじゃないかと必死で走った、家に着いて金曜日に見るつもりでいたDVDを流しても涙が止まらなかった。



月曜からの仕事は、全く身が入らずにミスばかりで周りを心配させてしまいました。



何をしても身が入らず普通になるまで1ヶ月かかってしまった。





10. 君は居ない



あれから3ヶ月が過ぎ、意識してでは無かったが、自然とあのマンションの方向へ行く事を避けていて、あの自動販売機にもあの時から行っていなかった。



でも、自分の中で終わりにしていない物が一つあった。

それはあの時の服だった、捨てる事も出来ず、これを返すことで本当の決着がつくような気がしていた、自分でも未練がましいことだとは、わかっていた。



1週間前に返す日を今日と決めて、花のマンションに向かっていた、あの自動販売機の前を通り、あの時と変わらないマンションが見えて来た、エントランス前で深呼吸し中に入り部屋番号を押して呼び出しボタンを押した。



呼び出し音だけで何の反応もなかった、花は居ないようだった、私は持って来た物を集合ポストに置いて行こうと振り向くと、以前と変わり花の部屋のポストは奇麗になっていた。



ここに置いて行けば、全てが終わりになると思った。



ポストには少し大きすぎる荷物を詰めていると、他の住人が来て、『松本さんはちょっと前に引っ越しましたよ』と教えてくれたのでした。





11. 滲んだ字



あれから半年が過ぎようとしていた。



会社の帰りに友人と飲み、11時をまわってほろ酔い気分で家に着くと、手紙なんてほとんど送られて来る事の無いポストに白い封筒が入っていた。



送り主を見ると松本花と書いてあった。



私は急いで部屋に入り、机の引き出しからハサミを取り出して、慎重に封を切ると、中には便箋が3枚入っていた。







取手 晴様





今年も余すところわずかとなりました。



お変わりないでしょうか。



私の方は、あれから色々な事があり、ご存知かも知れませんがあの場所を離れました。



最近やっと身の回りの事も落ち着いてきたので、あの時の事を書く事にしました。



どちらにしても、謝って済む事では無いと思っています。



もし、読みたく無かったら、捨ててください。



私はあの時、何に関しても満たされる事が無かった。

気持ちが落ち着く日などありませんでした。

自分で抑える事の出来ない欲求のために、次から次へと新しい物へ、少しでも気持ちが満たされる物を探し続けていました。



それまでは資格や会社の昇進などで欲求を満たし収入を増やす事に繋がっていったのですが、その後はブランド品や車と高額な物でも自分の収入で何とか賄える物で私の欲求は抑える事が出来ていました。



ある日私は、古くからの友人に誘われて、生まれて始めてホストクラブに行ったのでした。そこは都内でも有名なホストクラブで、私のような欲求を満たすことの出来ない女の溜まり場だったのです。



気に入ったホストを見つけると自分の方に向かせるために湯水のようにお金を使い、他の女より沢山お金を使う事で、そのホストを独占できるのでした。



私は当然のように一人のホストに夢中になり、独占したいという欲求が、高額なお酒を注文し、ブランド品をプレゼントする事で彼を他の女から独占することが出来たのでした。



そして彼が私の家にも来るようになり、彼も私の事に夢中になっていると思いこんでいたのです。



でも、彼が見ていたのは、私のお金だけで、その時既に5千万円以上貢いでいました。



私の感覚はおかしくなっていました。



私はそれでも彼をつなぎ止めようと、お金を彼に貢ぎ、とうとうお金を何処からも借りる事が出来なくなり、彼は私の所から離れて行きました。



そして私に残ったのは莫大な借金でした。



間もなく取り立てが家や会社に来るようになり、どうにもならなくなっていました。



そんな時、貴方と出会い、懐かしい話しをして久しぶりにお金の事を忘れて心の底から笑えたのでした。でも、貴方が帰った後に、それまで以上に寂しくなってしまいました。



そして貴方が私を心配して息を切らして家まで来てくれて、朝まで一緒に居てくれた。



私の荒んでいた心は貴方の優しさに包まれて、この一瞬が一生になればと思いました。



あの時、優しくしてくれる人なら誰でも良かったと言ってしまえば、その通りです。



でも、あの時の複雑に絡み合った私の心は、純粋で一途な貴方で無ければ紐解くことは出来なかったでしょう。



そして、貴方の事を知れば知るほど、私の中で貴方と一緒に居たいと言う気持ちが高まっていきました。



ところが、あの日家の前に居た男に貴方の事を聞かれた時、私のしていた事が、貴方と貴方の家族にまで迷惑がかかる事になるとわかったのでした。



部屋に入って、貴方の望む通りに私の全てを話して貴方に私を受け止めてもらえば私は幸せだったのでしょう、でも、あの時貴方と貴方の周りの人を不幸にする事は出来ないと思ったのでした。



貴方の私に対する気持ち考えて、あれが私の最後に出来ることでした。



貴方が『君の過去を全て受け止める』と言ってくれた時どれだけ心が揺らいだか、貴方が出て行った後、何度追いかけようと思ったか、でもこのままでいいんだ、これが一番良い方法なんだと自分に言い聞かせました。



あの時、私は苦しかったけど一番欲しい物を我慢しました。







私の親は人を信じて莫大な借金をしてしまいました。だから人を信じて頼る事は負けを認める事だと育てられました。



そのためにいつでも、一人で生きて行けるように新しい物を見つけては追求していくようになったのです。



でも、いきなり貴方が自分の実家に私を連れて行ってくれた時、私は本当に動揺して貴方に頼りました。



あの些細な事が、とても心地よく暖かさまで感じられたのです。



そして人に頼ることは、負けたのでは無くて、全てを人に委ねて安心する事だと知ったのでした。



もう少し早くあなたと出会えて居ればと、都合の言い事を考えたりもしましたが、今はこれで良かったのだと思っています。



私は本来の自分を取り戻すために、全てを清算して出なおす事にしました。



今の生活は以前と比べて比較になら無いほど、地味になりましたが、とても自然でいることができます。



貴方との2日間で私は再出発することができました。全て貴方のおかげです。



本当ならば、会ってお詫びをしたいのですが、貴方に会えば、優しい貴方の言葉で私の気持ちが揺らいでしまいそうなので、会わない事にしました。



自分勝手でごめんなさい。



でも、遠くから貴方の無邪気でいる姿やレースでの活躍は、いつまでも見守らせていただきます。





さようなら



松本 花





















動くことができなかった。









字が滲んだ便箋を封筒に戻した。







12. 計画



私は大事なミニを売ることにしました。



もちろん拘って作ったミニだったので、愛着もありましたし、簡単に決めた事ではありませんでした。



ドッグハウスみんなからは、反対されました。あの時の失恋が原因なのではとも言われましたが、買い手はすぐに決まってしまい、思っていたよりも高い値段で引き取られて行ったので、大切にされる事を願いました。



その後車は持たずに、スポーツタイプの自転車を購入して、移動のほとんどをその自転車を利用していました。



週末は相変わらずドッグハウスに入り浸り、たまに車の修理でアルバイトもして月の出費を10万円と決めて、残りの全てを貯金にまわして、ミニを売ってから2年が経とうとしていました。



とうとう行動の日がきました。



私はドッグハウスのオーナーの所に行って、分厚い封筒を机の上に置きました。



オーナー『なんだこれは』



私『スーパーセヴンのレーシングエボリューションを探して下さい』



オーナー『えっ、なんて言った?』



私『これで、レーシングエボリューション探して下さい』



オーナー『お前大丈夫か?!!幾らすると思ってるんだ?』



スーパーセヴンのレーシングエボリューションは、当時の日本代理店がメーカーに特注で作らせた物で、レーシングフレームにハイパワーエンジンと6速ミッションを組み合わせた車で、日本に10台ほど入ってきたセヴンでした。



私『ここに800万入っています、考えぬいて決めたことです。』



みんなが異様な空気を感じて、私とオーナー所に集まって来たのでした。



私はこの時、自分でもやり遂げたかったので、みんなに宣言しました『これはミニを売る時に決めた事ですが、私はスーパーセヴンでレースに出ます』と言い終わると、なぜかパチパチと少しずつ拍手が鳴り出して結局オーナーまで拍手をしていました。



そして、そう簡単には見つからないと思っていたのでしたが、探し出して1週間ほどで九州の大分でレーシングエボリューションが見つかったのでした。



価格は600万円で改造費も含めても予算内でした、ただ、場所が大分だったので、オーナーと予定を立てて積車で見に行く事にしました。



九州までの行き帰りは船を利用する事にしたため3泊4日のちょっとした旅行、オーナーの鈴木さんとゆっくり話すことが出来ました。そこで鈴木さんからなぜセヴンなのか聞かれたのでした、『ミニを弄ってレースに出ているうちに限界の高い車で本当のレースに近いレースをやりたくなった』と言いましたが、本当の理由では、ありませんでした。



実際、大分には見に行ったと言っても日本に数台の車両、逃したら次ぎはいつ出てくるか分からなかったので、少し試乗させてもらい、あとは車両の程度を鈴木さんと確認をして決めてしまいました。



そして、ドッグハウスに持ってきたのでしたが、予定通りエンジンをオーバーホールし、足回りを組み直して、フレーム補強と消耗部品の交換、マフラーの作成、残ったお金でシーケンシャルミッションを購入し2ヶ月かけて思った通りのセヴンを完成させたのでした。



後はナンバーを取得して、サーキットを予約していよいよシェイクダウンとなりました。



そして、ここからが本当のスタートでした。







13. サーキット



ミニを売ってからはサーキットには来て居ませんでした。3年ぶりに来たのでしたが、当初の計画よりは1年早くなっていました。



そして、これからこのセヴンを考えていた通りにセットアップして行きます、まずはこのサーキットでの上位入賞タイムは1分3秒です、この壁は、このセヴンの仕様ならセッティングが出れば何の問題も無く越える事が出来ます、後はドライバーの腕だけです。



とうとうこの時が来ました。レーシングスーツに着替えて、ヘルメットを被りグローブを持ってセヴンに乗り込んでみるとミニの時と視界が違ってコースが広く見えます。何度か公道を走っていたのでしたが、サーキットがこれだけ違って感じられるとは思っていませんでした、はじめて走る感覚が緊張感を上げてヘルメットのシールドが曇らせていました。



ピット前に一列に並んで1台づつ走り出すのを待っているのですが、緊張を解すために何度も深呼吸をしていると、自分の順番が来てしまい、オフィシャルのいきなり“GO”の指示で、何度かエンストしたあとに少しアクセルを煽りながら、そっとクラッチを離したのですが、ホイルスピンで白煙と共に走り出しました。



アクセルを全開にせずに1周はタイヤを暖めるために走り、最終コーナーを4速全開でまわりラップタイム計測です。



ゴールライン直前で5速に上げると回りの景色が後ろに吸い込まれて、見える部分が10cmほどになっていました、加速により視界が狭くなっていました。ミニに乗っていて、こんなことを感じる事はありませんでした。



分かってはいましたがこれほど違う物かと考える間もなく、コーナーではアクセルを踏む事が出来ません、まるで氷の上を走っているように後ろタイヤがアクセルを踏むと滑り出します。



まだ、エンジンパワーを受け止めるためのセッティングがメチャメチャです。



このためストレートでも、5速レッドゾーンまでアクセルを踏み込むとホイールスピンしてしまいます。



その日は散々でミニのベストタイムを越える事が出来ませんでした。



でも、分かった事もたくさんあり、次回の練習走行に向けてセッティングを詰めることで、頭がいっぱいでした。



その後の練習走行でセッティングが出てきだして、タイムも走るたびに短くなっていって、1分を切るところまで最終的に半年かかりました。





14. レース



私は自分の目標にしていたタイムが出たところで、スーパーセヴンで有名なレースに出る事にしていました。



自己申告制のラップタイムによってクラス分けされていて、私は自己ベストタイムを書きこみ提出すると、当日のリザルトが送られて来ました。私が出るクラスは、当然一番早いクラスでした、私はこのクラスで、年6回のレースに出る事になりました。



そして私のセヴンはそれまで、ノーズのみ黄色でフェンダーは黒、他はアルミとでしたが、これを期に全身白に再塗装し準備を整えました。



あと、忘れずに最後の仕上げを施しました。



当日は、夕奈にメカニックをお願いして、私は予選用に練習走行で1度使用した一番柔らかいタイヤを1セット用意して開始を待ちました。



作戦としては、タイヤを暖めるのに1周、そしてタイムアタックに1周のみ、それ以上はタイヤが持ちません。



パドック前の出走待ちでカー雑誌のカメラマンが撮影をしています。



私の前には5台のセヴンが居ました、緊張は既にピークに達していました。でも目的はここでは無い事を自分に言い聞かせて落ち着かせました。



オフィシャルから出走許可が出て前の5台が走り出しました。何回かの練習走行でクラッチミートも慣れていたはずでしたが、緊張で走り出しは、やはりホイルスピンをさせてしまい白煙を出してしまいました。



オープニングラップでなるべく前に出てクリアラップを取る計画でした。十分に蛇行させながらブレーキングを行い、タイヤを暖めて4速全開で最終コーナーを立ち上がりここから、アクセルを踏み込みました、タイム計測地点で5速にシフトアップし第1コーナー進入時には、前に他の車は居なくなっていました。



S字はゼブラゾーンに乗ってほぼ直線で4速アクセルを合わせるだけ、第1ヘアピンでは2速まで落としたのですが、アンダーが出てしまいタイムロスしてしまいました。



ダンロップ下では3速全開にして4速にシフトアップ、第2ヘアピン前でまた2速まで落として周り裏ストレートでは5速までシフトアップして最終コーナー前で4速立ち上がり5速にシフトアップしてタイム計測地点を通過しました、タイムは分かりませんでしたが、良いタイムが出たと思います。



予定通り私のタイムアタックは終了しパドックに戻りタイムを確認すると、59秒1もちろん予選が始まったばかりなのでトップタイムです。



第1ヘアピンのミスが無ければ58秒台が出ていたはずでしたが、これは本戦の課題としておきます、早速セヴンをパドックに入れてジャッキアップして本戦用のタイヤに履き変えていると、雑誌記者が取材に来ました。



タイヤウォーマーを着け終わるのを待ってもらい取材を受ける事にしました。



名刺を貰うとレース専門紙でクラブマガジンの中西と言う人でした。ドッグハウスでも買っている月刊誌でした。



取材は簡単な物でした、中西さんから『セヴンのレースは初めてなのに、なぜ予選1周で終わりなんですか?』でした。



『簡単に言うと体力温存と250馬力以上あるエンジンがすぐにたれてしまうから』と答えました。



次は撮影でした、撮影中に聞かれた質問は、真っ白な車体にゼッケンとは別に貼られたマークと文字でした。



私はドッグハウスからのエントリーだったのですが、ヘルメットにステッカーを貼っているだけで、車体にはゼッケン64と謎のマークと暗号のような6文字だけでした。



その6文字について聞かれたので私は『おまじないです』答えたのでした『意味は』と聞かれて、『レースを安全に終えると言う意味です』と答えたのでした。



しばらくすると予選が終わり、全てのセヴンが戻って来ました。



そして、掲示板に貼り出された順位は3位でした。想定の範囲内でしたが、想定していた順位の一番下でした。





15. 本戦



私は午後の本戦に向けて準備をしていると、遠藤と横山が来ました。



『初めてのレースで予選順位3位とはスゲーなぁ』



『ここまで来たら、やるだけの事はやろうと思ってね』



『どう?ミニとは全く違う?』



『ミニで走っていたからコースに慣れるのは早かったと思うけど、アクセル、ブレーキのタイミングが全く違っていて、最初はミニで普通に出していたタイムを出すのに苦労したよ』



『後、横に貼ってあるマークとノーズに貼ってあるHN-UW3-HLって何?』



『これは、安全に走るためのおまじないだよ』



『へぇ~』



『じゃあ、最終コーナーの客席で応援しているから頑張ってねぇ』



と労ってもらい、横山と遠藤が帰って行きました。



本戦のブリーフィングが始まりました。予選2位のセヴンがマシントラブルため出走しなくなりました。これで私の前は1台だけとなり、私の上位入賞の確立が上がりました。



でも、私が狙っているのは、このレース最速の敗者ではなく、ゴールラインを1番先に踏む事でした。



そのために中途半端なタイムでのレース参加はしないで目標タイムまで練習走行に時間をかけて、レース参加を決めました。これは初戦から優勝して年間チャンピオンを取る事を目標にしていたからでした。これだけの決心をした理由は別にありました。



パドック前に集合するアナウンスがかかりました。



私はパドック裏約200メートルを1往復思いきりダッシュをして緊張をほぐしました。



このためパドック前には並びきれずに最後尾になっていましたが、オフィシャルの指示で二列に並び直してパドック前に出る事が出来ました。何故か落ち着いています。ヘルメットのシールド越しに見える景色が絵のように感じます。



エンジン音が大きくなり始めて最前列がコースに出始めました。私も少しアクセルを煽りました。



オフィシャルからコースインの指示が出たので、コースに出ると、さっきまで絵のように見えていたコースが動き出し、風が体に当たり出すと熱気が外に抜け、水温計も見る見る下がり出していきました。



外の空気を吸うために、ヘルメットのシールドを空けると、排気ガスの匂いがしています。



メインストレートに戻り、一旦3番グリッドに車を止めてエンジンを停止すると、ちょっと前までが嘘のようにサーキット全体が静寂に包まれて、まだ目標まで到達していませんが、私はここまでの事を思い出して空を見上げていました。



私はこの車で空を見上げたのは、初めてでした、そんな余裕が無かったのでしょう。いつもだったら緊張する場面なのですが、なぜかボーッとしているとエンジンスタートの指示が出てウォーミングアップのための1周が始まりました、蛇行運転と急加速と急ブレーキを繰返してタイヤを暖めているため、ゴムの焦げた匂いがしています。



再度3番グリッドにエンジンは止めずに車を止めて待っていると、スタートシグナルの赤が点灯しました。この赤が消えたらスタートです。



シールドを閉めると心臓の音がヘルメットの中にこだましています、やはり緊張のピークが来ました、クラッチを踏んでギアを1速に入れ、回転計の赤いところをさすように右足に力を入れると、スタートシグナルの赤が消えました。



全車一斉にスタート!!前の1台がホイルスピンをして白煙を上げた隙に追いつき、何の迷いも無くイン側に飛び込み加速していました。



無我夢中で次に何をするかを考える事は出来ませんでしたが、最終コーナーの観客席に居る横山と遠藤が立ち上がって腕を振り上げているのが見えました。私は1周目をトップで戻ってきたのでした。



その後も何のトラブルも無くとてもスムーズに10周走り終え、平均ラップタイムは59秒2タイヤやエンジンのたれを考えると良いタイムだったのではないでしょうか。それより私は自分の考えていたとおり、1周目からトップを守りきっての1位でした。



生まれてから2回目の表彰台は、涙が出る事は無く既に次の事を考えていました。





16. 最終戦



1月から始まった年6回のシリーズ戦もいよいよ最後になり、私は3戦目に2位、5戦目に3位で、後の3戦は1位だったのですが、このレースのシリーズポイントは1位が10ポイント、2位が5ポイント、3位が4ポイントと6位までポイントがつきます。



ここまで、私は39ポイント獲得し年間ポイントで1位なのですが、2位の選手が35ポイントで、この最終戦で年間チャンピオンが決まる事になってしまいました。



私はこのシリーズ戦のチャンピオンを取る事に5年をかけてきました。そしてもう一つの目的も今日で終わります。



この5戦やってきた、いつも通りの準備をして午前中の予選タイムは1位で、ポールポジションのスタートとなりました。



ポールポジションはこのシリーズ戦で2回経験しましたが、私は前に車がいないのは苦手な事がわかりました。



第1戦から変わった事と言えば、ドッグハウスが全面協力してくれてタイヤ代と積車代がただになりました。



また、クラブマガジンで私の特集をやったことで、車にUW旗を貼る人が増えた事でした。結局、色々な人が調べて船で使用する信号旗である事がばれてしまいました。



スタート30秒前が表示されました。



私はヘルメットのシールドを開けたまま、空を見上げゆっくり目をつぶると、太陽の残像が彼女の顔になって浮かび上がりました。



女々しいのですが、ミニを売った事、セヴンを買ってレースに出た事、全て彼女からの手紙で、もう一度逢いたくてやった事で、この5年忘れた事はありませんでした。



でもそれも今日で諦める事を決めていました、そして少しゆっくりする事にしていました。



ヘルメットの中で『もう一度逢いたい』と言うと、少し目が熱くなりました。



周りのエンジン音が大きくなり、目を開くとスタートシグナルの赤が点灯していました、すぐにヘルメットのシールドを閉じてギアを1速に入れて右足でエンジンのリズムをとっていると、レースの事だけに集中していました。



間もなくスタートシグナルが消え、一斉にスタート!轟音と共に、どの車も誰よりも速く1コーナーに入りたい気持ちだけで、ちょうど砂時計の括れた部分に砂が流れ込むようになっていました。



私はホイルスピンする事は無くいいタイミングでクラッチを離して、エンジン回転計の赤い部分を指す前にシフトアップし、十分に加速して周りの景色が後ろに消えだすと、すぐにマイナスGで目と唇がチクチクするほどのフルブレーキング、第1コーナーの進入は一番でした。



ところがアウト側からブレーキを遅らせて進入して来た1台と立ち上がりでラインが交錯しもう少しで接触するところで私はアクセルを緩めて、ラインを譲ったのでした。



これで、一つ順位を落としてしまいましたが、前の車は、このシリーズ戦の2位の車、今日まで5戦戦ってきて癖は知っていました。抜く場所も予想がついたので、焦らずにそのまま後について走る事にしました。前の車の隙をつつきながら走っていると私の後ろは、居なくなって、7周目になると周回遅れが出てきました。私と前の車は周回遅れをかわしながらラストラップを向かえていました。この周の2つのヘアピンが勝負でした。前の車は必ずアウトからインを使います、私がインに入る事が出来れば簡単に抜かす事が出来ます。



第1ヘアピンは、残念な事にイン側に周回遅れがいました。最後の抜かしどころは第2ヘアピンです。



思った通り、前の車はアウトからインに入るために外側にラインを変えました、私は一旦前の車について外側に車体を振った勢いで内側のラインに変えて、ブレーキングして少しオーバースピードでしたが、タイヤのグリップ力を信じてコーナーのイン側を横Gに耐えながら、少しずつアクセルを踏み込んでいきました。



思った通り最終ラップでTOPになったのですが、この時からエンジンから少し金属の音が聞こえて来たのでした。



エンジンがブローしてしまいました。



裏ストレートでその音はさらに大きくなって、ヘアピンで抜いた車に抜かれて、他の車にも抜かれてしまいました。



もう、何台抜かれたのか判らなくなってしまいました、それでもゴールに入らないと目的を達成することができないと車は止めずに走らせていましたが、エンジンの出力が徐々に落ちて最終コーナーを立ち上がるところでエンジンが生き途絶えて、コース上に止まってしまいました。



私はヘルメットの中で『終わった』とつぶやきました。



するとどこからか『ハル!!』と呼ばれて我に帰りました。前からオフィシャルが駆けよってくる中“まだ終わって居ない”とハーネスを外して車を降り、オフィシャルに『車に触らないでくれ』と言いロールバーをつかんで押しました。100m程の距離が果てしなく感じ、気が遠くなりましたが、何とかゴールラインを越えることができました。



何とかやり遂げられました、パドックや観客の人たちがコース脇で倒れこんだ私に向かって声をかけてくれましたが、私は涙があふれて顔を向ける事が出来ませんでした。それでも大声援が収まらなかったので右手の親指を立ててサインを送ると、拍手が聞こえてきました。





17. UW1



レース結果は11位でした、それでも年間ランキングは2位でした。



もうそんなことはどうでもよくなっていました。



最後まで私と戦いきってくれたセヴンをパドックに引き上げてきて見ると、埃とオイルまみれになっていて、そっとボンネットに触れるとまだ暖かく疲れきって眠っているようでした。

私は心の中で“ありがとう”と言いパドック前にむかいました。



私は歩きながら、この5年の思いは、今日で一旦終わりにして、明日からは少しゆっくり走る事を考えていました。



パドック前では今日の表彰式が行われていて、その後に年間シリーズの表彰式でした。

今日の表彰式を見ていると1位の選手と目が合ったので拍手をしました。



そして、少し時間が経ったところで、年間シリーズの表彰式が始まりました。

名前を呼ばれて表彰台に乗ると3位の選手に『おめでとう』と言い握手を交わし10戦、戦った同士を賞賛しあいました。

1位の人が表彰台に登るとシャンパンが配られ、すぐに栓を抜き表彰台の周りの人達にシャンパンシャワーを浴びせようと前に出ると何人かUW旗を振っているのが目に入ってきました。

そのUW旗は、全てUW1(ありがとう)でした。



私は大きな声でみんなに『ありがとう』と言いシャンパンを一口飲んだのでした。









18. HN-UW3-HL



そんな中、一つのUW旗に目が止まりました、その旗を持った女性は木綿のスカートをはいて背がすらりと高くショートヘアで、顔は涙でぐちゃぐちゃでしたが、笑顔でした。



私の動作があまりにも不自然だったので、表彰台に集まった人たちが次第に様子がおかしい事に気づきはじめて少しずつ静かになり、私の視線の先が開けるように少しづつ人がよけ始めました。



私は何度も瞬きをして見直したのですが、髪型は肩につくかつかないかのショートになっていましたが、間違いありませんでした。



私はシャンパンボトルを置くと同時に走り出していました。



ゴールまで車を押した事で足がもつれましたが、駆け寄った勢いでその女性を抱きしめると、女性の体の力はぬけていき、声を出して泣き始めました。



私も涙がこぼれていました。



私は『見てくれてたんだね、ずっと逢いたかった』と心の底からの思いを伝えると、花は言葉にならずにうなずき、『おかえり』と言うと、花は『ただいま』と泣き声で言ってくれたのでした。ドッグハウスのメンバーも泣いていました。



周りの人たちは何が起きているのか分からないようでしたが、少しずつ拍手が鳴りだすと、いつの間にか、周りに居た人たち全員が拍手になっていました。



私は花に『もう僕が決めていいよね?』と聞くと花がうなずいてくれました。



すぐにクラブマガジンの中西さんが来て、写真を撮られたのですが、中西さんに『あの暗号は、そうゆう意味だったのか、後で詳しく聞かせてね』と言うと、写真を撮り続けました。



翌月のクラブマガジンの表紙は私と花が抱きあって、みんな拍手していました。



内容も“年間シリーズ戦第2位となった取手選手が、ある事情で5年前に別れて音信不通になった彼女を呼び戻すために、レースに出て有名になって、彼女に暗号のメッセージ送って再会を果たした”という記事が、ノーズに“HN-UW3-HL”が貼られたセヴンの画像入りで、掲載されました。



その後、私はあのスーパーセヴンを手放し、花と結婚しました、スーパーセヴンは、またいつか必ず手に入れます、あの車は特別ですので。





End









『暗号の意味は“花-入港を歓迎する-晴”』





Characters image

I want to meet again.



Haru Toride







Hana Matsumoto







alfaGT







mini







racing evolution







8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

感動した。すばらしい。

mach712R さんのコメント...

ありがとうございます。

匿名 さんのコメント...

これはノンフィクションですか?

mach712R さんのコメント...

残念ながらフィクションなんです。

匿名 さんのコメント...

それにしても素晴らしい。本とか映画になってもいい内容
久しぶりに涙がでました。

mach712R さんのコメント...

ありがとうございます。

本当に嬉しいです。

Norimoto Abe さんのコメント...

素晴らしい感動しました。

mach712R さんのコメント...

もっともっと奇麗な文章になるようにブラッシュアップしています。

最後まで読んで頂きどうもありがとうございました。